佐藤千亜妃のフェイクワールドワンダーランド

 はじめまして。

 突然ですが、きのこ帝国の「フェイクワールドワンダーランド」というアルバムをご存じでしょうか。何か月か前に大学の授業の一環で当アルバムについて考察したのですが、より多くの意見を聞くべくブログに書いてみました。ほとんどレポートのコピペだからお堅い文章で読みづらいかもだけど悪しからず。様々な考えや意見等コメントしていただけるとありがたいです。以下の考察はあくまで私見なので誹謗中傷等はお控えください。

 

 

〈1 はじめに〉

  2019年5月27日、ベースの谷口の脱退に伴いバンド活動を休止することとなった「きのこ帝国」。決してメディアへの露出は多くなかったが、その独特なシューゲイザーサウンドや、ギターボーカルであり作詞作曲を手がけた佐藤千亜妃の世界に魅了された人は少なくないだろう。彼女らの作品の一つに、「フェイクワールドワンダーランド」というアルバムがある。「東京」や「クロノスタシス」等の表題曲を含めた11曲が収録されており、オリコン25位を獲得した代表的な作品である。当レポートでは、「フェイクワールドワンダーランド」における佐藤千亜妃の詞を通して、アルバムのテーマについて考察していきたい。

フェイクワールドワンダーランド

フェイクワールドワンダーランド

  • きのこ帝国
  • ロック
  • ¥2037

 

〈2 構成について〉

 当アルバムは前述したように11曲が収録されているが、5曲目「Unknow Planet」と七曲目「24」は歌詞のないインストゥルメンタルであり、六曲目「あるゆえ」を挟むような形となっている。また、アルバム全体を通して聴いた際に、1~4曲目と8~11曲目では音楽の雰囲気が少し異なっているように感じる。これらのことから、当アルバムは大きく3つに分けることができるのではないかと考えた。ここでは、1~4曲目を「第1部」、5~7曲目を「第2部」、8~11曲目を「第3部」とし、共通点・相違点などからテーマにむけてアプローチしていく。


〈3 第1部〉

 まず、1曲目に配されている「東京」から見ていく。私が注目したのは以下の詞だ。

 

  日々あなたを思い描く

  ただそれだけで息をしている

  馬鹿げてる 馬鹿げているけど

  あなたを見つけたこの街の名は、東京

  まだあなたの心のなか

  他の誰かがいるのだとしても

  星のない、この空の下では

  気づかないふりして隣にいたい

 

東京

東京

  • きのこ帝国
  • ロック
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  • provided courtesy of iTunes

 

これらから読み取れるのは、叶わないことがわかっていても“あなた”に想いを寄せ、それによって自分を保っているという事である。気づいているにも関わらず“あなた”に出会えたことに喜びを感じようとし、想い続けているのである。又、2曲目の「クロノスタシス」に以下のような詞がある。

 

 Holiday's midnight

 今夜だけ忘れてよ 家まで帰る道

 きみと夜の散歩
 それ以上はなにも言わないで

 

クロノスタシス

クロノスタシス

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“きみ”とまだ一緒にいたい、帰りたくない、という思いが読み取れる。しかしながら、それが叶わない事にも気づいている。“きみ”が家路を忘れることなんてないことは理解している。これら2曲に共通しているのは、「事実を知りつつも気づかないふりをし、自分の望む世界を妄想している」という点である。これはアルバム名にある「フェイクワールド」のことではないだろうか。事実とは異なった偽りの世界だと考えることができるだろう。
 続いて残りの2曲も見ていく。3曲目の「ヴァージン・スーサイド」は曲名からもわかる通り「自殺」をテーマにしており、「魔が差してしまいそう」「命の尊さなど失うまでわかりゃしないし」など、とても暗い内容となっている。1番2番サビに以下のような詞がある。

 

  笑顔に殺されそう
  つまらない話ばかりで

  笑顔に殺されそう
  くだらない話ばかりで

 

ヴァージン・スーサイド

ヴァージン・スーサイド

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「笑顔に殺されそう」というフレーズが繰り返されているが、笑顔のような自分にとってポジティブで理想的なものや周りの存在に押しつぶされそうだという嘆きだと私は捉えた。無論、苦しんでいるのだから自分にその“笑顔”はないのだろう。自分にあるのはつまらなくてくだらない事実である。しかし、4曲目「You outside my window」では自らその“笑顔”を望むようになる。冒頭では「光閉ざす窓の中が世界」と自分の殻の中に閉じこもり、そこが私の世界だと綴っている。しかし、後半部では以下のように展開していく。

 

  いつかいつか 見えない壁を
  越えて そっと触れてよ
  いつかいつか 透明な壁を 
  壊して きみに触れて 笑うよ

  いつかいつか 癒えない傷も

  抱えて そっと触れてよ

  いつかいつか 言えない言葉

  伝えて きみに触れて 笑うよ

 

You outside my window

You outside my window

  • きのこ帝国
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自分の殻を破り、外の世界の“きみ”と接触し笑顔になろうとしている。しかし、それが叶うことはないことも示されている。見えない壁を越えたり透明な壁を壊すことは不可能であり、言えない言葉は伝えられないのである。一・二曲目と同じように叶う事のない妄想となってしまう。
 これらのことをまとめると、第一部では「人間が日々思い描く理想と、それらが叶わない絶望」について佐藤千亜妃は綴っていると私は考える。そしてその理想の世界が「フェイクワールド」なのではないかと推測することができた。


〈4 第2部〉

 前述したように、5・7曲目は歌詞のない曲である。その為、曲名を糸口に考察していく。まず、5曲目の「Unknown Planet」についてである。直訳すると「未知の惑星」となる。このことから考えるに、第一部の視点からは知り得ない世界へと移り変わることを示唆しているのではないだろうか。この曲を挟むことでその移り変わりをスムーズに行っているのだと考えられる。続いての6曲目「あるゆえ」は、第2部では唯一歌詞のある曲である。大衆を「街路樹」と比喩し、自分の声や想いに誰も応えないことを表現している。ここでも「フェイクワールド」について綴っている詞があった。

 

  悪態が止まらないのは
  信じてやまない世界があるゆえ

  性懲りもなく足掻くのは
  愛してやまない世界があるゆえ

 

あるゆえ

あるゆえ

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自分自身の「フェイクワールド」を守るために、醜い言動を肯定する内容となっている。自身の存在意義「あるゆえ」として、「フェイクワールド」があることをここでは表している。第2部の最後である7曲目は「24」という曲名だ。身近にある“24”のものを考えると真っ先に思いつくのは一日の時間である。ここでは第三部に続くにあたって5曲目で一度非日常に飛んだ意識を、再び日常に戻す役割を担っていると考えてよいだろう。
 以上のことから、第2部では第1部を受けて「フェイクワールド」を肯定し、更に視点が変わることをインストゥルメンタル2曲で表現して繋げていることがわかる。


〈5 第3部〉

 8曲目は当アルバムと同題を冠す「フェイクワールドワンダーランド」である。改めて直訳すると「偽りの世界 素晴らしい場所」である。ここまでもフェイクワールドを肯定する内容が綴られていたが、それは素晴らしい場所といえるだろうか。その点に着目し、歌詞を考察していく。曲の冒頭部と最後は以下のようになっている。

 

  一瞬の世界の美しさに
  騙されて 僕ら息を吸う
  そして今日も 誰かの嘘が
  闇を照らして 夢を見させる

  一瞬の世界の醜ささえ

  越えてゆけるさ そんな気がした

  一瞬の世界の美しさに

  騙されて 君と歩きたいのです

 

フェイクワールドワンダーランド

フェイクワールドワンダーランド

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ここでの「一瞬の世界の美しさ」とは、「騙されて」からもわかるように偽りである。これまでの曲と同じように実際の世界の醜さにも気づいている。しかし、“僕ら”はその偽りを美しく感じて生きているのである。そしてそういった偽りの美しさによって、闇は照らされ夢を見ることができると綴っている。確かに、醜い世界で感じた美しさは事実から見れば偽りかもしれない。だが佐藤千亜妃にとってはそんなことはどうでもよかったのだ。事実かどうかよりも自分がどう感じたかが世界なのであり、自分にとってはそこが素晴らしい場所なのである。続く9~11曲目にも同じようなことが言える。「ラストデイ」では一人になってしまっても一切悲観的にはなっておらず、“君”との些細な日常を忘れないようにと幸せな思い出に更けている。「疾走」では、忘れていくかもしれない、思い出になってしまうのかもしれないと不安を語っているが、最後には「いつかまた会いましょう どこかでまた息をしてる」と、希望のある終わりになっている。そして、アルバム最後を飾る「Telepathy/Overdrive」では失敗・死をゲームオーバーと表現し、それに対し「気づかないふり 逃げてしまおうか」と言っている。又、前述した“自分がどう感じるか”という点に対し、以下のように綴られている。

 

  昨日見た朝日は見なかったことにして

  昨日見た朝日は見なかったことにしたい

 

Telepathy/Overdrive

Telepathy/Overdrive

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醜い世界を美しいと感じるように、朝日のような美しいものが自分を苦しめる存在になり得ることもあるのである。以上、9~11曲目ではいずれも事実のみを見れば幸せとは言えないかもしれない。それでも捉えようによってはそこが「ワンダーランド」になるのである。

これらのことから、第3部では「どんな事実にも夢を見ることは許される。」ことを佐藤千亜妃は伝えたかったのだと私は考える。

 

〈6 全体〉

 最後にメタフィクションの視点からこのアルバムを見てみる。私が注目したのは「Telepathy/Overdrive」の以下の歌詞だ。

 

 

多分ゲームオーバー 気づかないふり

 逃げてしまおうか

 終わりは先延ばしに

 飽きるまでは

 飽きるまでは

 

これらは前述した歌詞の意味の他に、このアルバムが終わってしまう事実からの逃避を表現しているように感じる。もう一つの根拠として「Telepathy/Overdrive」の最後のギターフレーズと、「東京」の冒頭『日々』の音が両者ともにラ♯→ラであることが挙げられる。これは、リピート再生した際にアルバムが繋がることを意味しているのではないだろうか。「アルバムとしては11曲目で終わりだが、聞き方次第では終わらせないこともできる」という、アルバムのテーマに沿って佐藤千亜妃が隠したカラクリなのではないかと私は考える。

 

〈7 まとめ〉

 以上の考察から、第1部では現実の世界や事実側から、第3部ではフェイクワールドワンダーランド側からの視点で曲が書かれ、第2部はその息継ぎのような役割を担っていたことが分かった。その為に、アルバムと同題であった「フェイクワールドワンダーランド」は8曲目だったと考えられる。佐藤千亜妃は日々感じる不安や孤独などの事実も、事実から見れば偽りである幸せも否定しなかった。それは、だれが見ても正解だと言える感情など存在しないからではないだろうか。どんな事実があろうと自信が抱いた感情が許される世界、それが佐藤千亜妃にとってのフェイクワールドワンダーランドであると私は考える。

 

フェイクワールドワンダーランド

フェイクワールドワンダーランド

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フェイクワールドワンダーランド

フェイクワールドワンダーランド

  • アーティスト:きのこ帝国
  • 発売日: 2014/10/29
  • メディア: CD
 

 

最後まで読んでくれてどうもありがとう。

文体を修正するの面倒でレポートのままにしちゃったのだけど、思った以上に読むの疲れるね。ごめんね。

以降、他のアーティストや楽曲についても考察したりしなかったりするかも。